本当に、柔らかくて穏やかで、時折消えてしまうのではないかと思えるほど優しく笑う。
シロちゃんって、ホントに可愛いな。
同性のツバサから見てもそう思うのだから、異性から見ればやはりそれなりに魅力的なのだろう。
こんな子がこんなところに閉じこもってるなんて、もったいないな。早く外に出れるようになれるといいのに。
そう思うと、罪悪感が胸にチクリ。
里奈が唐草ハウスという施設に閉じこもるようになったきっかけの一つが、大迫美鶴という少女だ。小学校時代は親友で、いつでも一緒の仲良しな二人だった。だが今は縁が切れ、里奈はこんなところに閉じこもり、そして美鶴は唐渓高校という、この辺りでは有名な私立の高校へ通っている。
ツバサも同じ学校に通っている。
美鶴との関係が改善すれば、シロちゃんは社会復帰できるのかもしれない。その為には、二人が会って話し合うのが一番だ。
その橋渡しには自分が一番の適任だと理解している。何より里奈から、協力してくれ、美鶴に会わせてくれ、美鶴の家の住所を教えてくれと頼まれている。
だがツバサは、まだその願いを叶えてやる事ができないでいる。
どうしてコウを経由して頼んできたりしたんだろう?
里奈に他意はないはずだといくら言い聞かせても、どうしても気になってしまう。
昔は付き合っていた里奈と蔦康煕。今の二人には特別な感情はもう無いのだろうかと、どうしても疑ってしまう。それは、自分の心が狭いからだろうか? ひょっとしたら蔦はまた里奈に心が傾いてしまうのかもしれない、などと考えてしまうのは、自分が臆病だからだろうか?
母に愛されたい。その一心で毎日を過ごし、出来の良い兄を嫉妬していた昔の自分。自分はちっとも変わっていないと、ツバサは思う。
変わりたいと思う。せめて、コウと里奈の仲など疑う事の無い自分に。
だからツバサは、手作りチョコの指南を里奈に求めた。
唐草ハウスで過ごす子供に冷やかされ、手作りのチョコを意識した。だが自分は不器用だ。たとえ材料すべてが揃っている手作りチョコキットを利用しても、上手く作れる自信はない。脳裏に浮かんだのは、里奈だった。
彼女の料理好きは、施設内でも有名だ。彼女を頼ることに、何の不自然さもない。
コウへ贈るチョコレートを、シロちゃんと一緒に作る。
ツバサは当然の事ながら躊躇した。同時に、そんな自分に嫌悪も感じた。
なによ、気にする事ないじゃない。コウへ渡すチョコを作るのに、どうしてシロちゃんを頼っちゃダメなの? どうしてシロちゃんを避けるの?
シロちゃんを避ける。
その言葉が、ズンッと胸に重く沈む。
別に避けてなんか、いない。
だったらシロちゃんに頼みなよ。料理って言ったらシロちゃんに頼むのが当然でしょう? なんたって、唐草ハウスの中でも特別に上手なんだし。
ツバサは唇を尖らせてしばらく思案していたが、やがて意を決して里奈の部屋へと向かった。
自分は二人の仲なんて、気にしていない。
「はぁ」
知らずにため息が出てしまう。
「どうしたの?」
里奈が子犬のような瞳で覗いてくる。
「なんでもないよ。やりなれない事をやったからちょっと疲れちゃっただけ」
「頑張ったもんね」
微塵も疑わない里奈。
シロちゃんは本当に素直だな。素直で純粋で、だから本当に助けてあげたいって思ってはいるはずなのに。
再び出そうになるため息を慌てて飲み込み、気を紛らわそうと、テーブルの上の小箱に視線を移す。
「で? シロちゃんはどうするの?」
「え?」
「せっかく作ったチョコ、誰かにあげるの?」
テーブルの上には小箱が二つ。一つはツバサ作でコウ宛。もう一つは里奈作。ツバサにチョコレート作りを教える過程で自分も一緒に作ったのだ。
「まさか自分で食べる、なんてもったいない事する気?」
「え?」
「だったら私も食べたい。さっき試食したチョコ、美味しかったもん」
「あははははっ」
里奈はひょこっと肩を竦めて声をあげた。そうして少し俯き、なぜだか視線を泳がしてそわそわする。
「え? 何?」
突然の挙動に目を丸くするツバサ。
「ひょっとして、あげたい子がいるとか?」
「え?」
途端、頬を染める里奈。
え? マジ? シロちゃんに好きな子がいるだなんて聞いた事ない。
まさか、コウ? い、いや、そんなまさか。だったら、誰?
不安と期待が入り混じった複雑な感情がツバサを襲う。
もしシロちゃんに新しく好きな子ができたなら、そうしたら私はもう、コウとの仲を心配しなくてもすむのかもしれない。
ドキドキと鼓動の早くなる心臓の音を消したくて、ツバサは少し大袈裟に声を大きくする。
「えっ! マジマジッ」
「ちょ、ちょっとツバサ、声大きいって」
「だってさぁ」
乗り出してくるツバサに困ったような里奈。
「シロちゃんに好きな人がいるなんて、初耳」
「ち、違うよっ」
里奈は両手を胸の前で左右に振って否定する。
「好きってワケじゃなくって」
もじもじと下を向いて言い澱む。
「え? 好きじゃない?」
キョトンとする相手に、里奈は困ったように口を尖らせる。
「ねぇ 誰よ? 私の知ってる人?」
その言葉に里奈は大きく息を吸って顔をあげた。そうしてツバサに身を寄せ、耳に唇を当てる。
「あのね」
耳元で囁き、そうして身を離し、俯きながら上目遣いでツバサを見る。
一方ツバサは、里奈の言葉に大きく息を吸い、思わず叫びそうになって両手で口を押さえる。
「なっ なっ」
あまりの驚きに言葉が出ない。手を当てたままパクパクと動く口で呼吸を整え、そうしてゆっくりと里奈を見た。
困ったように頬を染める里奈。その表情に、ツバサの驚きは最高潮。
「か、か、金本くん?」
里奈はもう恥かしくなって、俯いて両手で頬を押さえてしまった。
緩は周囲に細心の注意を払い、棚の間を移動する。左右は壁。いや正確には壁ではなく、積み上げられたチョコレートの山。
駅前の老舗デパート。特設会場はバレンタイン一色で、有名洋菓子店の高級チョコから、あからさまに義理用と書かれた格安チョコまで、所狭しと並べられている。チョコレートケーキをホールで売っている所もあり、買い求める女性客もいる。チョコフォンデュ用のセットもある。
あれこれと目移りさせながら見て回る客らの間を、緩はチョコの箱を握り締めてレジへ向う。
バレていないはずだ。唐渓の制服は見掛けないし、今なら周囲はOL風の女性か中年女だけだ。
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